『ジョーカー』主演、ホアキン・フェニックスの驚くべき役作りから人物像までをまとめてみました!『女性視点』

映画レビュー女性視点, ホアキン・フェニックス

皆さんは映画『ジョーカー』をスクリーンで鑑賞できましたか?まさに狂作と言って良い程、ホアキン・フェニックスの演技が輝いていましたね。また『アカデミー賞主演男優賞』として選ばれたホアキン・フェニックス。映画『ジョーカー』としては『アカデミー賞4位にノミネート』されました。実に役者魂を爆発させた映画ですが、まずホアキンが語った気になるインタビューを紹介しましょう。

『実はこの映画のアーサー(主人公)の笑い方にはいくつもの表情がある。だけど本来の笑顔は最後のシーンだけなんだ』


と。ますます気になるホアキン・フェニックスという人物像、そして『ジョーカー』という実に役者&映画揃って気になる映画はなかなか珍しいですね。また、あのガリガリの体型を作る為に『1日りんご1個生活』を送っていたそうです。驚いてしまいますね…

まずは映画『ジョーカー』の簡単なあらすじからお話します

ネタバレや人物像まで一気に説明していきますので皆さん是非宜しくお願い致します。

『アーサー=ホアキン・フェニックスが暮らしていたのは1970年代〜1989年代のアメリカ・ゴッサムシティ(架空の市)の貧富の差が拡大し、街は荒れ果て、格差社会を生き抜くには、人々は不満や怒りを抑える必要があった。アーサーも道化師のバイトをしながら母親を介護する1人の男性に過ぎなかったが、自分のこころが引き裂かれるまでにはそう時間がかからなかった。それは契約を打ち切られたある晩、電車での殺人からだったーー』

なんだか最初のあらすじから非常に不穏な香りがする映画に見えたのは私だけでしょうか?R15作品と指定されているだけあり、たしかに暴力シーンが存在します。それだけでなく『トッド・フィリップス監督』が伝えたい本当の狙いとは何だったのでしょうか?

おそらく映画ファンにとっては『オチがない』『不気味な映画』と解釈されそうですが、これは以下の説明により解明していきますね。

主人公『アーサー=ホアキン・フェニックス』は先ほども説明したように道化師のバイトをしています。しかしアーサーが手にしている看板は『まもなく閉店セール!』という文字が書いてあり、まるで舞台はスラム街のような場所でした。そして呆気なく少年達に看板を奪い去られ、必死に少年達を追いかけるアーサーですが、返して貰うどころか『殴る蹴る』の仕打ちを受けてしまいます。それでも抵抗しないアーサー。

また路面電車の中で子どもを笑わせようとしたアーサーですが、そのお母さんに『この子に構わないでよ』と言われてしまう始末。それから笑いが止まらなくなってしまうアーサー。それを怪訝そうな目で見るお母さん。それに気付いたアーサーがお母さんに渡したのは『僕は病気なんです。許してください』と書かれた障がい者手帳。


この時点で、私は世の中の不公平さや理不尽さだけでなく人々の不満や苛立ちを感じざるをえませんでした。アーサーもそんな感情を持つ人間ですが、何故かアーサーには誰も優しくしない。私はのちにアーサーが日記に書く『障がい者にとって1番辛いのはーー世間の目だ』と通ずるところがあるかと思います。これには障がい者への偏見や訝しげな目で見るこころがあるからだと感じましたね。

個人的な意見ですが、アーサーは失笑恐怖症(笑ってはいけない場面で笑ってしまう行動)を患っているのではないのか、と考えました。人間という生き物は不思議なもので『ストレスや緊張がピークに達すると笑ってしまう脳のメカニズム』があります。

実は私も『失笑恐怖症』を患ったことがあり、笑いが止まらず周囲に認められず散々な思いをした経験があります。

だからなのか、個人的には劇中の『アーサーが笑う場面はどれも無理して笑っているようには見えませんでした。』

悲しみに溢れて笑ったり、苦しみに耐えられず笑ったりする場面ばかりですからね。カウンセリングを受ける場面でも同じようなことが起きていますから、アーサーの苦しみや絶望は計り知れないものだったのでしょう。

※以下ネタバレを含みますのでご注意を。

 

 

ここで印象に残った言葉があります。

『生きる価値以上の硬貨な死を望む』

『今まで生きてきて、自分が存在するのかさえわからなかった』

『きっと理解できないさ』

と。下2つの言葉は理解出来ますが、1番上の『生きる価値以上の硬貨な死を望む』
という意味はよく判りません。

しかし個人的に、この言葉は『自分の人生より解放された死を望む』という意味合いに捉えています。

そしてアーサーが拳銃を持ち始め計7名の命を奪った瞬間から『アーサーはジョーカー』となった訳ですが、ただ1人、思い遣りのあったゲーリーだけが助かっているのです。このことから『アーサーとジョーカーが二重人格という説が否定出来ます。』

何故なら愛や思い遣りが欲しかったアーサーから承認欲求を満たすことが出来たジョーカーに変化しただけであるからです。

コメディ番組に出演した際には、こうも言い放ちます。

「悲劇も喜劇も善も悪も全ては主観さ!」

これは本当にその通りで、人間は善悪の判断を法律などで定められているだけであり、実はすべての感情は主観でありすべての善悪も主観に過ぎません。

何故だか前半のストーリーよりも後半のストーリーの方のジョーカーが生き生きとして見えるのは、まさにアーサーのこころが解放されたからなのでしょう。『ジョーカーとしての生き様(階段を降っての踊りや拳銃での殺人)には惚れ惚れしてしまうものがあります。』人によってはカタルシスを感じる方もいらっしゃることでしょう。

さてジョーカーは逮捕されパトカーにより連行されるのですが、周囲は道化師の仮面をした一般人で一杯です。そんな時、突っ込んできた車からパトカーに追突してしまい、事故が起きてしまいます。しかし一般人から車のボンネットへ引き上げられ『立てよ!』という歓声から、ジョーカーは立ち上がり踊りを見せます。

ここがジョーカーとしての最期だったと感じます。

それから場面が代わり、手錠をしたアーサーの白い服。何故か緑色の髪色から黒髪に戻っています。この時のアーサーの言葉は、

『君には理解できないさ』

これが本来のこころからの笑顔だったのではないでしょうか?個人的には『自分を解放出来たからもういいよ』と言っているように感じました。


再び場面は代わり、手錠をしていた筈の手を動かし病棟らしい廊下を歩いていくアーサー。血の跡を残しながら歩いていくアーサー。おそらくどこか別の場所で、笑いながら踊っているのでしょう。

ホアキン・フェニックスという人物像

フェニックスと言えば『Stand By Me』に出演していたリバー・フェニックスを思い出しますが、彼は23歳で亡くなっています。その弟が『ホアキン・フェニックス』なんですね。貧しい家庭で育つにも関わらず、役者を目指していたようですね。

兄のリバーと似たようですが、実は彼も相当波乱万丈な人生を送っています。兄のリバー・フェニックスが訪れていたクラブにホアキンも一緒に居たらしく『リバーが大量の薬物を摂取し倒れていたところをホアキンが助けようとした』みたいですね。

しかしTVでその『通話記録が繰り返し流されてしまい、暫く映画界から距離を置いた』そうです。

のちにメディアに顔を出しますが、いきなり歌手活動を行なったりもしたそうです。何となく危うい雰囲気があるのが兄のリバー・フェニックスに似ていますかね。しかし『ジョーカー』演じるホアキンには、そんな雰囲気は全く感じられませんでした。むしろ次回作の出演も決定し、映画も撮り終わったそうで、今は俳優業界で活躍したい意気込みさえ感じられますね。

今後の期待に大です。最後までお読みくださりありがとうございました。