『リチャード・ジュエル』レビュー。クリント・イーストウッドが問うメディアリンチの怖さ

映画レビュー2020年映画

2020年1月17日から公開中の映画『リチャード・ジュエル』。
2000年代に入って以降、ほぼ1年に1本のペースで作品を発表し続けているクリント・イーストウッド監督が本作で取り上げるのは、1996年のアトランタオリンピック爆破事件。
その容疑者とされてしまったリチャード・ジュエルの、闘いの記録です。

『リチャード・ジュエル』ストーリー

1996年、オリンピック開催中のアメリカ・アトランタ。
イベント会場に配置された、警察官志望の安全警備員リチャード・ジュエルは、ある夜、会場内で不審なバッグを見つけます。
中には、無数の釘が仕込まれたパイプ爆弾が仕掛けられていたものの、最小限の被害で食い止める事ができたジュエルは、一躍英雄となります。
ところが、「爆弾の第一発見者が第一容疑者の可能性が高い」という考えから、FBIがジュエルの身辺捜査を開始。それを地元のアトランタ・ジャーナル・コンスティチューション紙の女性記者キャシーが実名報道したことで、リチャードはマスコミの過熱報道にさらされるのでした…

企画自体は約5年前からあった『リチャード・ジュエル』

スティーヴン・スピルバーグ監督と並び、映画界屈指の“早撮り”で知られるクリント・イーストウッド監督。
本作『リチャード・ジュエル』も、2019年6月に主要キャストを固めて撮影開始し、11月にはワールド・プレミアをするというスピーディーさを発揮しましたが、実は企画自体は2015年頃から上がっていたのだとか。
しかし、その時点では映画化権がクリアにならなかったため、いったん中断し、2016年の『ハドソン川の奇跡』に着手しています。

『リチャード・ジュエル』と『ハドソン川の奇跡』の共通点

『ハドソン川の奇跡』は、不慮のエンジントラブルが発生するも、死者を一人も出すことなくハドソン川に不時着させたサレンバーガー機長が、国家運輸安全委員会から事故責任を追及されてしまうという不条理を描いています。
かたや『リチャード・ジュエル』も、爆破テロを最小限の被害に抑えた立役者のはずのリチャードが、一転して容疑者扱いされるという点で、『ハドソン川』とテーマが通底しているのが興味深いところです。
さらに付け加えると、リチャードへの執拗なメディアリンチ描写は、私生活で幾多の女性関係を書かれ続けてきたイーストウッド自身の思惑が込められている、と言えなくもないかも。

事実の“歪曲”で公開ボイコット運動も

劇中、女性記者キャシーが情報を得るべく、FBI捜査官のスクラッグスと性関係を持つという描写があります。
これに関してアメリカでは、「事実と大きく異なる」として、彼女が所属していたアトランタ・ジャーナル・コンスティチューション紙が反論し、それに付随した上映ボイコット運動が起こりました。
だからというわけではありませんが、本作の後半以降、キャシーのキャラクターにブレが生じてくるのは残念なあたり。
なお、実際のキャシーは、容疑が晴れたリチャードから名誉棄損で訴えられるも、その判決が下る前の2001年に、処方薬の過剰摂取により死去。
そしてリチャードも、2007年に44歳という若さで夭折しています。

真実とは、正義とは何か

2000年代に入ってからのクリント・イーストウッド監督作は、実話をベースにした物が多いですが、本作で改めて確信したのは、彼が撮りやすいテーマを上手く選んでいるということでしょう。
実在した人物の物語を描きながら、イーストウッド自身が追い続ける、「何が正しくて、何が真実なのか」といったテーマをしっかりと盛り込んでいます。
リチャードが真犯人だと断定し、それを真実にしようと躍起になるFBIとマスコミですが、決定的な証拠をつかめず、次第に揺らいでいきます。
そんなFBIを相手に、劇中のクライマックスでリチャードが放つ決定的な言葉は、『ハドソン川』のサリー機長のそれを彷彿とさせます。

まとめ

毎年のように新作を発表し、そのどれもが一定以上のクオリティを誇るクリント・イーストウッドは、まさに驚異的としか言えません。
そんな彼もついに年齢が90の大台に乗りましたが、今後も、気力が続くまで映画を撮ってほしいものです。